「週刊COMPASS」第94号

小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、今朝五時半の西の空です。

「面倒なことをしたな」

おそらく幼少期に聞いた、誰が誰にどのような状況で言ったのか覚えていませんが、言葉だけは強く印象に残っています。そのせいか、「面倒なこと」に対する忌避感をこちらもまた強く持っていました。

ある小説に、父親が娘に「あんなこと言って~かえって面倒なことになるじゃない」と咎められて、その父親が「面倒なことになってもいいじゃないか」と言い返す場面があります。

小学生の孫が同級生とトラブルになって相手の親もいるところでの発言をめぐって、その母親である娘とのやり取りです。波風が立っても、彼は正しいことを言ったのでした。「正しいこと」というのは、誰にとっても正しいことです。

「大変なことをしたな」も同義かもしれませんが、当事者であるという意味からは「大変だね」も、あまり変わらない相手に対して愛のない言葉だと思います。

面倒なこと、大変なことが次々と起こる小説を担当したことがあり、その本のオビ背に、「人生の醍醐味」と謳ったことがあります。

人に対して「大変だね」とは言うまいとしていますが、さすがに「人生の醍醐味だね」とも言えません。でも実際は、この地上でしか経験できない醍醐味なんだろうと思います。

「大変」「面倒」のない小説が存在しないように、そのような人生も存在しないのでしょう。だから優れた小説で楽しみながら、心地よい緊張を強いられる文章でじっくり予行演習、ワクチン接種です。

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