小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、今年から日記専用にしました。
「俺はそんなふうには育てていないよ」
高校一年のときです。父が勤務先の資本で文藝専門の別会社を作ることになりました。編集部の部員一人、「三田文学」の後輩一人の三人で、営業、管理部門は最初は親会社が担うようでした。
その三田の後輩が来宅して、父に会社からのもう一人のことを訊ねました。
「Tさんは、大久保さんの言うことはなんでも聞くんですか」
冒頭は、それに返答した父の言葉です。なぜかよく覚えています。
藤岡陽子さんの書下ろし長編小説『僕たちは我慢している』(COMPASS)。高校三年の中森揮一君は、共通テストが終わった翌日、「算聖」こと関孝和先生に志望校の相談に行きます。
そこで揮一は算聖に言われることによって、「枯れかけた木の根に如雨露で水を注がれたような心地」になります。一生忘れずに、間違いなく彼の生きる支えになる言葉でしょう。
言葉は、本当に大事です。尊敬する人から掛けられる言葉は、また格別に。
そして最後に、揮一は算聖に言われます。
「中森くん、自分に自信を持ちなさい。そして自分の頭で考えるんだ」
因みに、父の「独立」は作家への挨拶の菓子が「をちこち」とも決まっていましたが、第一次オイルショックの影響でなくなりました。

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