小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、この時期の落葉樹は修行僧のようです。
前号のつづきです。私家版「君たちはどう生きるか」。
悔いを残すとはどういうことか。
自分自身の気持ちに正直に生きてこなかったら、それは悔いが残るだろうと思いました。生まれてきた甲斐がありません。
「自分自身の気持ちに正直に生きる」とはどういうことか。
いよいよの最期が近付いてくると誰もが正直に生きたか否かが分かるのだと思いますが、それでは手遅れです。自分自身に正直に生きて来なかったと分かって、最期に苦しむのはご免こうむりたいです。
ここは肝心なところです。以前にも書きましたが、自分勝手とは違います。脱サラして起業したいが、家族のことを考えると経済的に不安で踏み切れない。それは、家族を守りたいのが一番自分に正直な気持ちなのです。無理は禁物です。本音がどうかです。
現状を変えることはリスクを伴います。望む結果が得られなくても後悔しないのか、その覚悟はできているのか。
何れにしても、悔いが残らないかを判断・選択の基準にすべきだと思います。
藤岡陽子さんの書下ろし長編小説『僕たちは我慢している』(小社刊)に登場する四人の高校生。彼らは、言わば人生の第一関門を紆余曲折の末、自分自身の気持ちに正直に歩を進めます。高校生にして、高校生だからこその彼らの選択から、「自分自身の気持ちに正直に」の意味が純粋に窺えます。中でも穂高英信のゴール間近の「逸脱」は、明らかな損に見えても、彼自身としては悔いを残したくないがための判断・選択だったのでしょう。天晴れです。
藤岡さん、勉強する意味ってなんですか。
https://www.asahi.com/thinkcampus/article-121237
藤岡さんが『僕たちは我慢している』を語ります。
讀賣新聞文化面に取り上げていただきました。
佐藤亮子さんに推薦していただきました。

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