小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、ウォーキングコースの途中です。
「僕は大久保さんとは違って、何の苦労も知らない人間とは違うんですよ」
小説も出せば売れる時代、各メディアが記事にする「長者番付」というのがありました。全国47都道府県の税務署が申告所得額の高額だった者を公示する「高額所得者公示制度」です。その「作家」部門で、そこに常連の方が主催する編集者が集まる会がその方の地元で定期的にありました。宿泊費から一切合切がその方持ちです。ある回の、ホテルでの二次会か三次会の席で、一回り以上年輩の他社の編集者に言われたのが冒頭の言葉です。
高校二年のとき、授業中に、腰がなんとも不快な重さに囚われました。鈍痛というのでしょう。普通には歩けなくもなり、座っていても左足ふくらはぎが痺れてきます。整形外科でレントゲンを撮るために寝台に横になるのも一苦労でした。ブロック注射などというなんだか身体に悪そうなものも何度か打ちました。就寝時に「火事だあ」と言う声が聞こえても逃げられないだろうな、と思いました。
椎間板ヘルニアと言われたその腰痛は、就職するまで間歇的に発症していましたが、就職してからは発症のインターバルが短くなりました。
その腰痛をどう克服したかはまた別の長い話になります。
ほとんど知らない人から「何の苦労も知らない人間」だと断定していただいたのにはちょっと驚きましたが、悪くないです。苦労が現れているなど、僕の場合は苦労などと言えるものではないと思いますが、好みではありません。
『僕たちは我慢している』の著者・藤岡陽子さんは、高校時代のご苦労など傍からはまったく窺がえません。滋味深い登場人物に現れているだけです。
藤岡さん、勉強する意味ってなんですか。
https://www.asahi.com/thinkcampus/article-121237
藤岡さんが『僕たちは我慢している』を語ります。
讀賣新聞文化面に取り上げていただきました。
佐藤亮子さんに推薦していただきました。

コメントを残す