小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、意見が合っての15時過ぎです。
本を読む意味ってなんですか。
「本を読むことは娯楽ではない」……Z世代の考えのようです。ネットが普及した環境に育った彼らにとっては、娯楽など他にいくらでもあるということなのでしょう。
では、彼らが本を読む理由はなんでしょう。知識を得ること、学ぶことがその主たる目的のようです。限られた範囲かもしれませんが、周囲のZ世代に訊いての回答です。
彼らが小説を読まないのが頷けます。
文芸誌に掲載された作品は商業的な理由から、単行本になる数が極めて少ないです。世に出ているほとんどの小説は小説誌掲載が中心の「エンタメ」と呼称されるもので、その比率の大きさからエンタメが小説の代名詞のようになってしまっています。
その「エンタメ」呼称に、「知識を得ること、学ぶこと」のニュアンスは皆無でしょう。
エンタメを否定するつもりなど毛頭ありません。小説にエンターテインメント性はなくてはならないものです。おもしろくなければ小説ではない、と僕は考えています。
ただ、千差万別の小説を十把一絡げにエンタメと括るのは乱暴すぎます。
藤岡陽子さんの『僕たちは我慢している』(COMPASS刊)は「コンパス」と呼んでほしい小説ですが、お陰様で重版しました。
優れた小説は胸躍る羅針盤。
藤岡さん、勉強する意味ってなんですか。
https://www.asahi.com/thinkcampus/article-121237
藤岡さんが『僕たちは我慢している』を語ります。
讀賣新聞文化面に取り上げていただきました。
佐藤亮子さんに推薦していただきました。

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