小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、母は真知子巻きのようです。
特に不具合はなかったのですが眼科を受診して、よかったです。
視力検査、待合室、医師による検査後瞳孔が開く点薬、待合室、写真撮影、待合室、再び医師による検査を経て、ようやく診断結果を知らせられました。
昔から視力だけは自信があったので、就職してほどなく明らかに視力の低下が実感されたときは不安な気持ちもあり、当時眼科の権威と言われていたJ大学付属病院のN教授に診てもらいました。
勤務先の月刊誌にコネクションがありました。利用できるものは利用しました。
近視だけど、これ以上進行することはないでしょうと言われました。
クルマ運転用の眼鏡を作りました。それから40年以上経っていますが、レンズの度は変わっていません。権威って、やっぱり凄いですね。
さて、現在の診断結果です。
角膜に傷がある、ドライアイ、白内障は4段階の1。
確かに夕方になると乾いているようで瞬きの回数は増えていましたが、年齢のせいにしていました。いけませんね。好んでいる小噺がありながら。
右膝に痛みがある高齢男性が整形外科を受診しました。
医師 「お年のせいですね」
高齢男性「左膝も同い年なんですが」
毎日、3時、9時、15時、21時の4回処方された目薬を差しています。
藤岡陽子さんの書下ろし長編小説『僕たちは我慢している』(COMPASS)。ラストシーンを読み直すことで感涙に潤み、目薬とのダブル療法になればいいと思っています。

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