「週刊COMPASS」第191号
小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、正面中央の島影は40年前に全島民が避難した島です。
人間、何が大事って、想像力ほど大事なものはないかもしれません。
その想像力をお試しください。
松尾芭蕉さんには申し訳ないのですが、以下の二つの文章、どちらがイマジネーションが働きますか。
閑さや 岩にしみ入る 蝉の声
閑さや 岩にしみ入る 蝉の声!
もういっちょ。松尾さん、重ねて著作権侵害ごめんなさい。
秋深き 隣は何を する人ぞ
秋深き 隣は何を する人ぞ?
何れも、上段ではありませんか。
書くほうは、生き生きした感じ、迫力、躍動感などを出そうとして「!」を付けるのでしょうが、一見そのように感じられても、肝心のイマジネーションは働くどころか静止してしまいます。
「?」も然り、疑問が投げかけられるだけで、その先にイメージが拡がりません。
映画館に行くと、大画面に大音響で、圧倒されるような迫力があります。
小説で、その迫力に負けじと、「!」をたくさん付けても詮無いことです。
では、小説は、衝撃としては、映画に敵わないのでしょうか。
映画は、謂わば出来上がった「世界」を見せている、与えているのです。片や小説は、読者が一字一句文章を追うことによってイマジネーションが働いて、読者それぞれの「世界」が創り出されます。その世界が、生き方を変えるほどの衝撃になることもあります。
映画を観るのと、小説を読むのでは、受動的か能動的かの大きな違いがあります。
どちらがいいかなどと言うつもりはありません。
ただ、今後益々「至れり尽くせり」で、人間が想像力を働かせる機会は減っていくように思えてなりません。
藤岡陽子さんの書下ろし長編小説『僕たちは我慢している』(COMPASS)は、冒頭から、読者のイマジネーションがフル稼働されるように描かれています。

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