小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、お手本になる人生の先輩が描かれた小説を紹介します。
朝比奈あすかさんの『おはなしの時子』(双葉社)です。
79歳の女性が主人公で、その時子さんは冒頭から騙されます。ほとんどの読者は時子さんが騙されていることが分かると思います。ではなぜ騙されるのでしょうか。
善意の人間は先ずは、見知らぬ人からの電話であろうが、人の話を聞こうとします。そしてその中の多くの人は、人が嘘をつくとは思っていません。それは現在まで人を疑うよりも信じることによって、仕合わせに暮らしてこられたからです。
詐欺グループは、それ故、その善意の高齢者を狙うわけです。卑劣そのものです。
騙されないために、反面教師としての「お手本」などと、時子さんにそんな失礼なことを申しているのではありません。
高齢者としての、いや、人としての在り方です。
十分に辛かった時期も語られますが、時子さんはおっとりしています。そのおっとりには品性が感じられます。
若い頃のおっとりは周囲が見えていなくて、気遣い、気配りができないというのが多いですが、時子さんはそんなのとは違います。
では、齢を重ねるとみんなそうなっていくのかというと、動作のみおっとりにはなっても、残念ながらそんなことはないでしょう。
時子さんは日々を丁寧に生きています。丁寧に生きるとはどういうことでしょうか。
愛のある人間にしか、丁寧に生きることはできません。
加齢と共に容姿が衰えていくのは避けられませんが、その反面、発酵してくるような品性があれば、それを補って余りあると思います。
そんな時子さんがなんと、新しいことに挑戦します。それがタイトルの所以でもあります。
藤岡陽子さんの書下ろし長編小説『僕たちは我慢している』(COMPASS)に登場する四人の高校生、その一人・中森揮一君のお母さんもおっとり系です。

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