小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、今朝のロードワークは雨の中でした。
前号の続きです。
「大久保さんは人の気持ちが分からないよ」
ある作家の方に言われたことがあります。
その方とのことではないのですが、本当にその通りだと思ったことがあります。
編集長になりたての頃です。小説誌のベテラン編集長に連作小説の切り抜きを渡されて、読んでくれと言われました。完結してから随分日にちが経っていました。
単行本を作る編集部なので、単行本化を検討してくれという意味に捉えました。
試されていると思いました。原稿を読む力を。
読みました。魅力はまったく感じられませんでした。単行本にはできないと考え、そのことを伝えました。
それっきり忘れていての数カ月後、新書判の編集部からその作品が四六判で出ました。異例のことです。
小説誌のその編集長が以前担当だったのかとは思いましたが、そんなことは忖度せず作品を判断しました。
後に、その人は局長、役員になり、件の新書判の編集長は一時登用されました。
お訊ねになりたいことがお有りだと思います。「その本は売れたのか」、と。
売れません。
試されたのは、原稿を読む力ではなかったようです。
なんでこんなつまらないことを書いたのかと言うと、会社というもののこのようなところを、当時の私と同じで知らない方もいるかと思うからです。そんな阿呆いませんかね。
先週号の、父に言われたことをもう一度書きます。
「サラリーマンにはなるな」
因みに冒頭の方との件ですが、その方が思うように本が売れないと嘆かれても、お辛いですねと言ってもしょうがないですし、小説が売れないなかではその方の作品は十分に健闘していると思っていました。
藤岡陽子さんの書下ろし長編小説『僕たちは我慢している』(COMPASS)に登場する高校生四人は、誰も勤め人にはならないようです。

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