小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、日曜日のいただきものです。
「サラリーマンにはなるな」
亡き父とは言葉を多く交わしていたわけではありませんが、だからなのか父から言われたことはよく覚えています。
「草取りしろ」が一番言われたことかもしれません。
冒頭の言葉自体は鮮明に覚えているのですが、言われたときの状況、疑問、それを父にぶつけたとしての返答などの記憶は一切ありません。
そこから、幼少も幼少のころに言われていたのではないかと想像します。
と言うのは、二人の息子たちがそれぞれ幼い頃、膝の上に座らせていたころに、刷り込むように言っていたことがあるからです。いや、言わせていたことです。それはまたの機会があれば。
父は、遠藤周作さんとの対談「文藝雑誌とは何か」(「風景」昭和四十四年八月号)の最後で、雑誌に携わっていた当時が本当に楽しかったようで「楽しかったな」と活字になっています。その自ら「楽しかったな」と振り返る文藝編集者ではありますが、出版社である会社のサラリーマンでもありました。
その父が息子には「サラリーマンにはなるな」。そして、息子(私)は結果的にその言葉に背いたことになります……以下次号。
藤岡陽子さんの書下ろし長編小説『僕たちは我慢している』(COMPASS)に登場する四人の高校生は、それぞれに思い悩んだ末、全員高校時代に将来の進路を決めることができました。眩しいです。

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