小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、今朝の信号多目街道(新青梅街道)です。
上等な人間
このようなタイトルを掲げると、差別的な人間と思われるかもしれません。上等と、その対義語の人間を区別していると考えるのか。「その対義語の人間」などという意識は皆無です。ただ上等な人間は確かにいると思うだけです。
どんな人たちなのか。
本誌に書いたこともありますが、相手の過失による事故に見舞われ負傷するも自身が納得できる答えに行き着いたので相手に何も求めないことにした人、高校野球でレギュラーを外された子がそのポジションを得た下級生に硬球を顔面に投げ付け失明寸前までの事態になりながらも彼への厳罰は望まないと言ったそのボールをぶつけられた子の父親、顧客どころかメーカーが違うクルマにも関わらず日曜日の夜突然やってきてルーフキャリアが外れないと困っている人に応対して外して料金も取らない某ディーラーの人などです。
自分が当事者ならそのようにはできなかっただろうと思う人たちです。
怒りに囚われない人、人の罪を赦す人、人のせいにしない人、困っているのを放っておけない人、と言えるかもしれません。も一つおまけに、けち臭くない人。
職業柄、人間としての興味でもありますが、人の心が動くこと、特に「感動」には意識を向けています。人を変えるのは、経験と感動だからです。
人は何に最も感動するのか。
人の利他性に他ならないと思います。
上等な人間とは、利他的な人間です。
藤岡陽子さんの書下ろし長編小説『僕たちは我慢している』(COMPASS)には、本欄常連の香坂淳平君がいます。高校生にして、「ミスター利他」と言えます。
藤岡さんの、具体的で説得力のある最新インタビューです。
「日経Woman」 People~働く親たちのキャリアと子育て&教育

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