小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、今朝のロードワークは終盤本降りになってしまいました。
「日本人の9割以上が週1回以上アクセス」
ご存じYouTubeですが、頷けます。
すでに7年ほど前には、実用書の編集者に、読者をYouTubeに食われていると聞いていました。分かります。英語のリスニング、料理のレシピ、筋トレ、ストレッチ、ホームページの作り方、3級簿記など成果はともかく昔から利用していました。ごめんなさい。
東京にいて三浦半島西岸の風を知るために、ライブカメラを観ることもあります。
さて、文藝の編集者です。私は。
小説は、何はさておいても先ずはページを次々捲りたくなるおもしろさがなければなりません。エンターテインメント性です。
先日上述ライブカメラを観たら、右側に出てくる「おすすめ動画」に、白波が立っている中での定期船の着岸動画がありました。観てしまったら、次は大型船の大阪湾入港・着岸でした。その船は以前東京湾を出たところでミーティングしたことがあります。まるで個人的な事情も知られているようです。もちろん観ました。
例えば、学校から、仕事場から疲れて帰宅して、好きな分野のものを手軽に観られて、そこそこ楽しめる。スマホの普及によって、家にいなくても、その動画共有サービスに限らず、いつでもどこでもみんなが「手のひらにエンタメ」の時代です。
手軽なエンターテインメント性としては、小説は、スマホエンタメチームに逆立ちしたって勝てっこありません。
「エンタメ」呼称が小説の代名詞のようにも使われていますが、そもそもここが間違っています。小説はただ「エンタメ」などと言い切ってしまうものなんかではないのです。
音も映像もない、文字だけですから、その分イマジネーションが働くことによる疑似体験から得るものは計り知れないのです。
これから益々AIが発展していくだろう時代に、小説の価値も益々貴重になっていきます。
その小説を愛する人間も、イマジネーションが働く人間として、人間国宝になるかもしれません。括弧、笑い。
藤岡陽子さんの書下ろし長編小説『僕たちは我慢している』(COMPASS)の主人公の一人、高校一年の千原道人。彼も楽しいこととして、スマホで動画を観ることを挙げます。それに対しての、担任で数学の教師・関孝和との対話は、本作の主題とも言えるところです。

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