小説復興・文藝復興を真剣に目指していますが、今日から六十代最後の歳です。
年を取ることは不自由になっていく……ことなのか。
右下7番を抜きました。入れ歯にして普段の手間がかかるのか、健康な歯を削ってブリッジにするのか、それとも異物をねじ込むのか。難しい選択です。
随分前から陽が眩しくて、白内障予防のために外出時はサングラスをかけています。
日課のストレッチ、筋トレ、ウォーキングは、怠ると気持ちが悪いと感じる習慣になっているので、精神衛生上もあるかもしれませんが、不自由になるのを遅らせるためかもしれません。
クルマをいつまで運転できるのか。免許証を返納したら、現在の行動範囲を考えると、かなり不自由になるのは明らかです。
次から次へと不自由に待ち伏せされているようです。石川ひとみさんではなく。加齢とともに世界が狭くなっていくのでしょうか……。
では、若いころに戻りたいと思うか。思いません。即答します。
未熟な、今でも十分に未熟ですが、狭量だった若いころに戻るなんて穴があったら入りたいぐらいです。
心だけは、歳を重ねる毎に広く、自由になってほしいと願っています。
夕暮れ時になると文字がぼやけますが、文章を見る目は進化していると思いたいです。
藤岡陽子さんの書下ろし長編小説『僕たちは我慢している』(COMPASS)の高校生4人、彼らは奮闘します。知識を身に着け、能力、人間を磨くことは逞しくなることです。同名の本を作りましたが、「年齢は財産」と信じています。彼らの財産は、途轍もないものになると思います。

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